1962年生まれ、かな入力千代子のお天気日記

バブルですか?上空を西から東へ通り抜けるのを下から眺めてました

鯛の塩焼きを作ってみました

千代子は、今月が誕生月。

還暦じゃあありません。トリプル成人式です。「ああ、私も大人になったなあ」も感じる事は、三回目。

そこで、鯛の塩焼きにチャレンジしました。

スーパーでは、こんなに立派な鯛が1200円で売られていました。

シールには、「調理もできます」とあったので、鮮魚売り場の店員さんに、ウロコとお腹の中を取って貰うように、お願いしました。

大きさが伝わる様に、鯛のそばにマグカップを置いてみました。

パックから外し、塩を大さじ1、酒も大さじ1振って、15分置きます。

 

 

酒と塩を振った鯛の水分をティッシュペーパーで拭いて、オーブンシートを敷いたオーブンの天板へ。

オーブンは、200℃にに温めて置きます。そこへ、鯛を置いた天板を入れて25分焼きます。焼く前に、皮が破れない様に、皮の表面には、バツの切り込みを入れます。

鯛のヒレは、焦げすぎない様に、アルミホイルで覆っておきます。

25分焼いた後、180℃にして今度は、15分焼きます。

 

 

焼き上がりました。人生初チャレンジ、うまくいって、よかったです。

1200円で二人分。なのに、ご馳走感溢れる食事となりました。

 

 

大人に叱られる事、それは大人へなる時に通る道

今、上司や先輩から叱られる事に傷ついている方もいらっしゃるかもしれません。

しかし今は、上司や先輩の方でも、今は、パワハラと言われるのを恐れ、若い人を叱るのをためらう方もいらっしゃるのです。

もちろん、中には、「人を叱る事が出来る偉い自分」に酔っている人もいるのも、事実です。

「これは、君のために言うんだよ」「叱られるうちが花だよ」

これが、上司や先輩が、立場の弱い人に苛立ちをぶつけたい時に使う言い訳なのか、本当に若い人に理解して貰いたくて使っている言葉なのか。

その見極めが出来るのは、自分が人を叱るべき年齢や立場になった時だったりするのです。

経験の少ない自分に向けた教育だと理解した時、その叱った先輩や上司は、既に退職している。あるいは、叱られた自分が、自信を失い退職している。

残念ですが、よくある話です。千代子も、そのひとりだったのです。

 

新卒で入社した会社での出来事です。近くの席に座っていらした先輩が、他の同期や後輩とともに、千代子も昼ごはんに誘って下さいました。

会社の近くの中華料理店です。メニューを見て、千代子は写真にある蟹のお粥が美味しそうに見えて、それを食べたいと言いました。

他の人はメニューを見て、シュウマイ定食を注文する人が多かったのです。

料理が運ばれて来ました。

少し大きめのどんぶりに入っているお粥は、熱々で、トロトロです。食べるのに時間がかかります。

他のシュウマイ定食を選んだ方が、早く食事を終えてしまいそうになりました。

その時、その先輩はテーブルを見回して言われました。

「お前ら、千代子さんに合わせてゆっくり食え」と。

本来、逆です。

千代子が、周りの人に合わせて、蟹のお粥という時間のかかるものを注文するべきではなかったのです。

先輩は、千代子に恥をかかせない様に、そういう言い方をされたのです。

「こんな人になりたい」

千代子は、心からそう思いました。それ以来、千代子は、友人以外の人と食事をする時には、食事をする相手と同じものを頼む様にしました。

その会社も退職、そして転職し何年か経ちました。千代子は、いつの間にか、外食する時に、メニューを決めるのも、食事をするのも、早くなっていました。

年末年始に、親の家に帰った時です。両親、弟の家族、千代子と皆で、おせちを頂いていました。その時父が、言いました。

「周りに合わせて、もっとゆっくり食べなさい」

 

先輩も父も、言いたい事は同じなのです。人とペースを合わせる。千代子にそんな人間になって欲しいと願っていたのです。今まで、千代子は会社員としての働き方しか、卒業以来、した事がありまん。ひとりで完結する仕事など、皆無です。

その中で生きて行く。その中の一員として認めて貰う。食事のペースは、その一端なのではないかと思うのです。

配属先の先輩、親。千代子が選べない人間関係です。千代子は時々、考え込みます。社会で生きて行くためのルールを、きちんと教えようとした人に恵まれた自分は、運が良かったと。

 

経験が少ないため、未熟な事である事を指摘される。辛い経験です。千代子にもそんな時がありました。

それでも、どこで働いても、その仕事を求める人、その仕事ぶりを評価する人。常に、人と共に働きます。至らない点は、批判されます。その批判にひるまずに、次の仕事で取り返すつもりで、明日も生きて下さい。

何故、書くのが好きなんだろう

退職したら、ブログをやりたいとずっと思っていました。

やはり、会社員の時には、自由に書けないと思い、退職した後の楽しみにとっておきました。

千代子の場合、その順番で良かったのだと思います。

いつか書きたいという思いを発酵させる時間と、発酵させている間にも、様々な出来事(

ネタ?)が沸き上がりました。

思えば、小学生の頃、読書感想文で褒められる事がよくありました。何だか、うれしかったです。この頃、川端康成ノーベル文学賞を受賞しました。千代子は、「私も欲しい」なんて、思っていたのです。今、思うと何ともすさまじい勘違いです。しかし、ものを知らないというのは、その分、夢を見る事が出来たのだと思うのです。

ワープロのブラインドタッチを覚えた時、「これで考えるのと同じ速さで文章が書けるのだ」と思い、ワクワクしていました。

千代子は、いつも憧れの作家がいました。高校生の時には、森茉莉さん、大学生の時には、坂口安吾、卒業した後は、休日にはよく、よしもとばななさん、森瑤子さん、山田詠美さんの作品を読んでいました。その後、江國香織さん、カズオ イシグロさん、坂木司さん。

作品を読む時、ワクワクしていたのです。

自分でも書いてみようという気持ちにもなりましたが、やはりハードルは高かったです。

憧れた作品は、皆、遠くで光る北極星だったのです。手は、届きません。しかし、千代子の考え方、ものの見方を導く光だったのだと思います。

千代子は、自分で考える文章しか書けません。しかし、文章を書く事で、自分が、過去、どんな事に喜びやトキメキを感じたのか、今の千代子にどんな影響を与えたのか、気持ちが整理できる気がするのです。

そして、ブログというかたちで、自分が感じたワクワクしたものを、読んで下さる方に分かちあえたらと思うのです。

ああ、また見てしまう

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また見てしまう、インド映画とのコラボ。

今、グーグルのアドセンスの審査中なのに、やはり面白い動画を見ると、人に紹介したくなるのです。

文字数も少ない、有害ではない事は確かですが、有益かと言われると微妙な記事です。

職場にも、インドの方がいらっしゃいました。ITの知識があり、英語も普通に話せます。その上、このダンスの本気の感じを見ると、あああ、としか千代子には、言えません。

 

さよならは、綺麗に言いたいです

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また会おね 矢野顕子 1980年発表

 

千代子がクネオ君と結婚したのは、2021年の6月です。時節柄、披露宴の様なものは、特にしませんでした。お世話になった人には、挨拶状を送りました。

千代子は、初婚で58歳でした。挨拶状を受け取られた方から、「おめでとう、どこで知り合ったの」と聞かれる事が多かったです。

クネオ君と知り合ったのは、学生の時のアルパイト先です。しかし、卒業近くなると、卒論、就活、入社後も研修等、多忙なため連絡をとらないうちに、疎遠となっていました。

再会したきっかけは、千代子が偶然、Facebookで顔出しをしているクネオ君をみつけたからです。思い切って、メッセージを送りました。

やはり、かつての先輩のクネオ君でした。

やがてメッセージのやり取りが始まりました。その中で、クネオ君は、こんな事を言いました。

「千代子ちゃんが、卒論で坂口安吾をやると言ったら、お父さんから、あんな作家で卒論を書いたら、まともなところに就職できないって言われたって言っただろ。俺、それを聞いて、そんな堅いうちの女の子、俺には無理かもって思ってた」

千代子は、結局、坂口安吾で卒論を書きました。しかし、クネオ君にそんな話をした事を忘れていました。自分が、そんなに情熱を持ってひとつの事に取り組んでいた人間だった事など、その言葉を聞くまで思い出せなかったのです。

 

千代子は、30年以上前は、そんな人間だった。そして、クネオ君は、その事を覚えてくれていた人だった。

クネオ君は、千代子にとって特別な人間だと感じたのは、その時だったのかもしれません。

 

今、お付き合いしている人、あるいは会社との別れを考えている人がいらっしゃいましたら、千代子は提案します。

たとえ酷い言葉をなげかけられても、酷い言葉で応酬しないで下さい。後から、そんな言葉を使う自分が嫌になります。

もし、ひとつでも、ふたつでも、大切にされた思い出があったのなら、それは、別のフォルダーに入れて大切に保管して下さい。困難な環境に直面した時、自分が大切にされた思いでは、必ず自分を支えてくれます。

不快な思い出は、全て「捨て」というフォルダーに投げ込み、削除して下さい。

嫌だから別れるのかもしれません。でも、出来るなら、嫌な別れ方はしない方がいいと思うのです。

 

あやうく一生懸命生きるところだった

2020年1月発行

韓国のベストセラーとなったエッセイ。日本でも、Amazonでベストセラーとされています。

韓国も、厳しい競争社会の様です。身を削る思いをして、勉強や仕事に打ち込んでも、報われない事に、疲れを感じた著者が書いたエッセイです。

この著者は、それでも40代で、そんな生存の競争から下りる事が出来て、その体験をエッセイにしたところ、多くの人の共感を得ています。競争から下りる事の出来ない立場の人から見れば、まだ運がよかったのではと思います。

千代子がこのエッセイを読んで共感したのは、著者の説く、人生は結果ではなでく、過程だと説くいう部分です。

 

物語を見ずに結果だけで人を評価するような習慣は、いつしかブーメランのように戻ってきて自分の人生を評価する。自分の人生は失敗だと判断し、成就しなかった恋は時間のムダと決めつけ、他人との単純な比較で自分の人生が惨めに思える。

しかし、それがすべてではない。もっと正確に言うとそう見えるかもしれないが、それが全部ではないという話だ。

誰にでも目に見える以上の多くの物語がある。

 

そうなのよ。本当にそうなのよ。

例えば、千代子の人生をキャッチコピーにしてしまうと、こんな感じでしょうか。

【本人は必死に生きたつもりでも、空回りを続けた女性が語る半生】

この一行で済んでしまうかもしれません。でも、この半生を語る所に届くまでは、本人には、多くの葛藤やら困難もあったのです。

その部分は他人には見えない。見えないから、想像できない。それでも、本人の千代子まで、この葛藤や困難を乗り越えた自分を認めずに、自分より成功した人を羨んでばかりいたら、千代子は、いつ、自分を肯定できるのでしょうか。

 

電車の中で、膝を開いてうたた寝をしている、おじちゃんや、おばちゃんも、若い頃には、成就しなかった恋愛に泣いていたのかもしれません。

今の、目に見える部分だけで、そんなおじちゃんやおばちゃんを評価しないで下さいね。

 

どうした、グーグル!

今日、PCを立ち上げると、この画面になりました。私だけでしょうか。

グーグルに問合せをする事では、ありませんが、驚きました。

この金、黒、白という色は、何だかお正月を感じさせる色なのですが。

皆様のPCも、今日はこの絵なのでしょうか。

短い文章ですが、何だかこの絵を見た時のインパクトを伝えたくて、画面に貼り付けました。