社員として働いていた、会社を退職したのは、3年前の3月でした。
私の退職を聞いて、心配される先輩もいらっしゃいました。
「大丈夫なの?年金を貰えるのは、65歳からだよ。もっと甘えればいいのに」
千代子は、その時、クネオ君と婚約している事を社内の人には、言いませんでした。
皆が、すさまじく働いている職場でした。何だか、寿退社みたいな事を言えない感じがしていたのです。
私に問いかけた先輩は、とても勘の鋭い人でした。
先輩の「もっと甘えればいいのに」という言葉に、千代子は、一瞬、図星を刺された気持ちになりました。
人に甘える事の苦手な事を、この人は見抜いている、その上で私を心配して下さっている。
千代子は、曖昧な微笑みを浮かべ「いやあ、昭和37年生まれの女は、63歳から貰えますよ」と言い、職場の部屋を出ました。
廊下に出て、涙をぬぐいました。
この先輩は、千代子とほぼ同時に異動となった四人の同期のタスクの進捗も見ていました。
なかなか進まない時、そのフロアに在籍する人、全員にこの四人について手伝える事をしてあげて欲しいと、メールを送ったのです。
千代子は、会社から支給されたアイフォンを見ると、それは土曜日の午後二時でした。
休日出勤をして、その上で、我々四人についての心配をして下さったのです。
仕事に厳しい方でした。やっているのに出来ないと、怠けていて出来ないを見極めて、後者の場合の詰め方の厳しさは、驚くほどでした。
それでも、千代子は、この先輩を、嫌いになれませんでした。
何か、自分の行うべき事を理解し、それが求められているのなら、悪役に徹する、悪役のプロレスラーの様な方だと思ってしまうのです。
悪役のマスクの下には、人の気持ちが想像出来る、優しい心根がある気がしてならないのです。
先輩は、年齢が分かりません。今、千代子が60歳ですが、今も元気に働いていらっしゃるのでしょうか。