1962年生まれ、かな入力千代子のお天気日記

あの、自分が還暦を過ぎた事が自覚できないのです。まだ知りたい事、知らない事が沢山ある気がします。

おばちゃん

夜、夕食後、新聞を読んでいる時、親戚から電話がありました。

九州在住の伯母です。伯母の事を弟と私は九州のおばちゃんと呼んでいました。

お歳暮に明太子を送りたいけれど、最近の人は、塩分を気にしている事が多いが、送ってもよいかという電話でした。去年11月、父が他界し、母もそれ以前に他界しています。

九州出身の両親は、千代子が生まれる一年前に、父の仕事の都合で都内に転居。それ以来、千代子の実家は、関東です。

土地勘も血縁もないところで生活する両親です。父は、職場という場所があります。しかし、母はそこで弟と千代子を育てていきました。

迷いや悩みもあったと思います。そんな母にとって、おばちゃんは心強い相談相手だった様です。そして、弟と私を大阪の万博に連れて行ってくれたのも、おばちゃんでした。

おばちゃんは、話を続けます。父や母の事を今でも夢で見る、悲しいと。

父が他界してから、一年経ちます。千代子は、悲しみを味わう時間もなく過ごしています。

それでも、父を失った事を今でも思ってくれる人がいる。おばちゃんの言葉を聞いて、千代子は、ただ、ありがとうございますを繰り返していました。

おばちゃんは、千代子ちゃんは、お仕事を続けているのと、会話の中で何回か問いました。千代子は、その度にいえ、最近、退職しましたと答えました。

もし、判断力が少し弱くなっていたとしても、自分が愛情を注いだ人の記憶が残っている。

千代子はおばちゃんに、人間の持つ愛情の深さ、豊かさを教えられました。

千代子は、こんな人間になれるのでしょうか。

 

 

 

後悔、本当に先には出来ないんです

今日は、少し愚痴っぽくなります。

先日、年金事務所に行きました。自分の年金額を聞き、クラクラしそうになりました。

職員の方に、「本当にこれだけなんですか」と尋ねました。

職員の方は、言われ慣れているのでしょうか。「皆さん、そう言われます」と。

それを聞いても、心は休まる訳ではありません。

立ち仕事は、出来なくなりました。家庭の事情で、先日、退職しました。

今から、新たな金融商品に手を出して、2年後に損をしたら、取り返す事が出来ずに、損確定と思うと、手を出せません。

昔、父が言っていました。

「月に一万の給料の増額は、ものすごく努力しても、できないかもしれない。でも、一万の支出を抑える事は、自分の努力で出来るはずだ」

「年金の生活になると、その金額に生活のレベルを下げるのは、なかなか大変だよ」

それを聞いた時、千代子は三十代。右から左に聞き流していた、たわけものでした。

三十代の時、出来る範囲で旅行や外食を楽しみました。当時、子育てで忙しい友人は、誘いにくく、母と行きました。

旅行先の写真を今、眺めていると、母との思いでを作った事に後悔をしていません。

しかし、旅行&貯金、これを両輪で三十代でもっとやればよかった、と今さら思うのです。

後悔先に立たず。若い時の旅行と貯金は、真剣にやるものだったのです。

 

明治神宮に行きました

明治神宮に行きました。ここは、千代子がお宮参りをした神社です。

そして、クネオ君と再会する時、待ち合わせをこの神社にしたのです。

 

原宿駅の改札を出た時、明るいガラスとコンクリートの作りになっていた事に驚きました。一瞬、降りる駅を間違えたかと思ったのです。

明るい冬の日差しです。

この鳥居をくぐり、歩きます。近頃、千代子は駅やビルの中の移動は、エスカレーター、エレベーターを使い、階段を使わないようにしています。

股関節の不調の時、先生から言われたのです。この明治神宮の平坦な道は、そんな意味で、ありがたいです。


左が二番目の鳥居、右が三番目の鳥居です。三番目までだいたい、体感で800メートルでしょうか。

本堂に近づいてきます。少し石段がある事にお気づきでしょうか。

 

しかし、左側には、車いすでもお参りできるスロープがついています。

 

いよいよ本堂の近く。ここにも、石段があります。

 

そしてここも、左側には、スロープがついています。

 

本堂のところでは、近くで写真は撮りませんでした。

外国の方が、頭を下げ、お祈りをしていました。

明治神宮は、様々な方を受け入れる、広く大きな神社でした。

 

元の道へと戻ります。歩きながら、千代子の脳裏には「お天道様は見ている」という言葉が思い浮かびました。

だれも見ていなくても、自分が見ている。そしてお天道様が見ている。

お天道様に味方にして頂ける人間でありたいです。

 



 

 

 

 

 

シェルブールの雨傘

お題「映画音楽が好き」

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シェルブールの雨傘 1964年公開

この映画も音楽も好きです。アマゾンプライムの存在を知らない時、何度も見たいと、自分でDVDを買ってしまったくらい、好きです。

自分でDVDを買った映画は、他には日本映画の「約束」、それと「ボヘミアン ラプソディ」でしょうか。

シェルブールの雨傘の魅かれた点について、書いてしまうと、加熱して、つい、ネダバレになるくらい、書いてしまいそうです。

物語、音楽、カトリーヌ・ドヌーブの魅力、画面の色の使い方の美しさ。

もう、実際に見て下さいとしか言いません。本当は、もっと言いたいのですが。

この音楽の旋律の悲しさは、映画の設定にある時代の背景を感じます。

近年、カトリーヌ・ドヌーブは、サンローランの化粧品でモデルに起用されていました。

可憐な女性が、堂々とした貫禄のある女性へと変貌していました。その姿を見て、真似したい、でも、こんな風にはなれない、という憧れを再度、抱いたのです。

まさに、スター。仰ぎ見る、輝く星のような存在です。

 

 

 

 

人生は洗濯の連続

千代子は、タイトル通り1962年生まれ。還暦を過ぎました。

しかし、結婚したのは、2021年。晩婚の新婚(微妙)です。

結婚して、頻度が明らかに増えたと感じたのは、洗濯とトイレットペーパーの取替えです。

千代子は、弟が一人、両親という四人家族で育ちました。

かつて、母は、水道のメーターを集計する方から、「水道料金が高いです。何か、家庭の中で、お仕事をされていますか」と尋ねられたそうです。

母は、専業主婦でした。家事も立派な仕事ですが、水道代を経費とする事業をしていた訳では、ありません。

この洗濯の頻度というのは、やはり各自の家庭によって違うという事を、結婚してから知りました。

クネオ君が、「えー、シーツって一週間に一度、洗うの?普通、一カ月に一度でしょ」と言いました。

ここで、千代子は、「普通」は、人の数だけある事を知ったのです。

しかし、洗濯の担当者は、千代子です。

千代子の洗濯のルールに従って貰いました。

もうすぐ年末です。

かつて、家のレースのカーテンをすべて外し、洗濯機で洗うというのも、年末の行事でした。

今年は、やらなくてはならない事が多いです。レースのカーテンの洗濯は、止めておこうかなと思います。

 

 

5年ぶりにスーパー銭湯に行きました

今日は、からりと晴れたいい天気。朝食を摂り、洗濯物を干した後、5年ぶりにスーパー銭湯に行きました。

露天風呂、温水の流れる浴槽。すっきりした気持ちになりました。

子供が、親らしき人に「ここ、二回入れるの?」と尋ねていました。

家族で温泉の旅行に行く機会の多かった、ご家庭でしょうか。

楽しそうな家族連れの姿を眺めていると、日常が戻ってきている気がして、何だか千代子まで、うれしくなります。

友人や周りの人の話を聞いても、どこの家庭にも、なにかしら困難があり、さまざまな形で乗り越えようとしています。

もう習慣となっているのでしょうか。スーパー銭湯の往復にも、私を含め、マスクを直用しています。

それでも、スーパー銭湯に行くという機会を取り戻しただけで、やはり嬉しいのです。

 

最近のイベントに乗れない私

千代子は、子供を育てた経験がありません。

なので、子供を持つ人のイベント、ハロウィンも、最初は「えっ、知らない人の家に行って、お菓子を貰うなんて、危ないし、日本で流行らなくてもいいのじゃない?」と、少し、勘違いをしていました。

クリスマスやお正月の料理のチラシは、子供の頃から見ていたので、受け入れられます。

しかし、あの、ブラックフライデー、なんでしょう。

千代子自身が、もっと低予算で暮らすという試行錯誤をしているのに、何故、縁もゆかりもない会社の赤字を心配して、買い物をし、黒字にしないといけないのでしょう。

クリスマスのプレゼントを、この時期に沢山、買う人には、良いタイミングなのかもしれません。

しかし、去年、千代子がクリスマスプレゼントをあげたのは、ひとり、クネオ君だけです。

その時は、マグカップをプレゼントしました。これが気に入った様です。

最近は、何やらティーポットに描かれているリサとガスパールが気に入ったらしく、しきりに可愛いと言います。

今年のプレゼントは、このリサとガスパールのマグカップにするかと聞くと、マグカップは、ひとつ貰ったから、もういらないと言います。

物欲があまりない家族がひとりという我が家では、ブラックフライデーの恩恵にあずかる事もなさそうです。