夜、夕食後、新聞を読んでいる時、親戚から電話がありました。
九州在住の伯母です。伯母の事を弟と私は九州のおばちゃんと呼んでいました。
お歳暮に明太子を送りたいけれど、最近の人は、塩分を気にしている事が多いが、送ってもよいかという電話でした。去年11月、父が他界し、母もそれ以前に他界しています。
九州出身の両親は、千代子が生まれる一年前に、父の仕事の都合で都内に転居。それ以来、千代子の実家は、関東です。
土地勘も血縁もないところで生活する両親です。父は、職場という場所があります。しかし、母はそこで弟と千代子を育てていきました。
迷いや悩みもあったと思います。そんな母にとって、おばちゃんは心強い相談相手だった様です。そして、弟と私を大阪の万博に連れて行ってくれたのも、おばちゃんでした。
おばちゃんは、話を続けます。父や母の事を今でも夢で見る、悲しいと。
父が他界してから、一年経ちます。千代子は、悲しみを味わう時間もなく過ごしています。
それでも、父を失った事を今でも思ってくれる人がいる。おばちゃんの言葉を聞いて、千代子は、ただ、ありがとうございますを繰り返していました。
おばちゃんは、千代子ちゃんは、お仕事を続けているのと、会話の中で何回か問いました。千代子は、その度にいえ、最近、退職しましたと答えました。
もし、判断力が少し弱くなっていたとしても、自分が愛情を注いだ人の記憶が残っている。
千代子はおばちゃんに、人間の持つ愛情の深さ、豊かさを教えられました。
千代子は、こんな人間になれるのでしょうか。