千代子にとって思い出深いオードトワレは、シャネルのクリスタルです。
シャネルの中でも、昔からあるクリスタル。何故、今頃と思われる方もいらっしゃるかもしれません。
そうです。このオードトワレは、30年以上前から販売され、現在もアマゾンではなく、デパートでも現役で売られているものです。爽やかな柑橘を感じるのですが、幼くない、媚びない気配を感じる香りです。
これは、千代子が初めて海外旅行にシンガポールへ行った時、免税店で出会ったのでした。
新卒で入社した会社を体調を壊し退職。次の会社に運がよく入社した千代子は、入社の翌年の夏、シンガポールに行きました。
その旅行の中で千代子の心に強く残ったものは、マーライオンではありませんでした。ツアーの中に組み込まれていた、高層ビルの最上階で夜景を眺めながら、ディナーを頂く事でした。
23歳の千代子には、それは初めての経験でした。
ビルのガラス越しに眺める夜景のキラキラした輝きに、千代子はすっかり心を奪われました。
その時、千代子は思いました。
自分で働き、自分が得た収入で、使い道も行動も決められる生活は、なんて素敵なんだろうと。
新卒で入社した会社、転職した会社、主婦として生活をしながら仕事を探している現在。
環境を変えても、変えた場所で向かい合う現実が、大きく口を開けて待っています。
向かい合う現実と、どの様に付き合うか。千代子は自分や周りの人の、成功したあるいは、失敗した対処法を見て、すこしずつ知恵をつけて来ました。
もう何十枚と書いた履歴書を今日も書きます。不採用になったら、この大好きなクリスタルを着けて、採用になるまで履歴書を書きます。