千代子は、かつて母から指輪を貰いました。それは、母が、父方の祖母から、結婚した時にもらったものだそうです。
シルバーの指輪に、何やら赤い石がついている、アンティーク調のもので、気に入っていました。
だいたい、20年位前の話です。
その指輪を着けて会社に行きました。会社で、経理のKちゃんがそれを見つけました。
「千代子さん、それ綺麗だね。何の石?」
「うーん、なんかよく知らないけれど、人造の石なんだって。昔は、流行ったらしいよ」
「えっ、胆石?」
ちっ、違う! 腎臓ではなく、人造です!
Kちゃん、とても真面目な子で、ウケを狙った訳ではないのに、何だか強烈なボケでした。
あの子は、高校の時、吹奏楽部でクラリネットを吹いていたそうです。
千代子も、偶然、高校では、吹奏楽部でクラリネットを吹いていたのでした。
「クラリネット、時々、ピッ、とかキッとか、音が外れると焦るよね」という話で盛り上がりました。
その時、Kちゃんは、ふっと「あんな風に、夢中になれた時が懐かしい」とつぶやきました。Kちゃんは、少し暗い目をしていました。
明るい、しっかり者のKちゃんがこんな事を思っていたのだと、千代子は少し驚きました。
話す人だけが悩む訳ではないし、話さない人の、言葉にしない悩みもあるのだと、いい歳をして気づいたのでした。
Kちゃん、しばらく連絡をとっていないけれど、元気だといいなあ。